2025年度 食創会 「第30回 安藤百福賞」 東京大学大学院医学系研究科免疫学・教授 高柳 広氏が大賞を受賞

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公益財団法人 安藤スポーツ・食文化振興財団 (理事長:安藤 宏基) が主宰する「食創会 ~新しい食品の創造・開発を奨める会~」(会長:小泉 純一郎、元内閣総理大臣) は、「第30回 安藤百福賞」の受賞者6名を選定しました。表彰式は、2026年3月10日(火)にホテルニューオータニ (東京都千代田区) で開催します。

「食創会」は、食科学の振興ならびに新しい食品の創造・開発に貢献する独創的な研究者、開発者およびベンチャー起業家を表彰する「安藤百福賞」表彰事業 (後援:文部科学省、農林水産省) を1996年から実施しています。

今年度の「大賞」は、東京大学大学院医学系研究科免疫学の高柳 広氏が受賞しました。高柳氏は、骨組織と免疫系の相互作用に着目し、「骨免疫学」と名付けた新しい学問領域を創始し、関節リウマチや歯周病、骨粗しょう症の発症機序の解明や、新たな治療法の開発に道を拓いてきました。破骨細胞分化因子 (RANKL) や免疫を調節するさまざまなタンパク質 (サイトカイン) からなる分子ネットワークを明らかにした一連の研究は、老化に伴う骨粗しょう症や口腔疾患の予防、さらには炎症制御に資する食品の開発に科学的根拠を与えるものであり、健康長寿社会の実現に貢献することが期待されています。なお、高柳氏には、副賞として賞金1000万円を贈呈します。

「優秀賞」は、食品の味や香りなどの官能特性と機能性の関連を明らかにした越阪部 奈緒美氏 (芝浦工業大学)、タンパク質源としての米の生産と利用の基盤研究を続けた松田 幹氏 (福島大学)、藻類成長促進因子を人工合成し、あおさ海苔の完全陸上養殖に成功した山本 博文氏 (徳島文理大学) に決定しました。受賞者3名には、副賞として賞金300万円を贈呈します。

「発明発見奨励賞」は、腸の神経細胞が食事成分を認識する受容体を発現することを発見した尾畑佑樹氏 (テキサス大学) と、安価ヒト臓器モデルを開発し、ヒトの生理機能を再現した高橋 裕氏 (東京大学) に決定しました。両名には、副賞として賞金200万円を贈呈します。

受賞者と受賞内容の紹介

1.安藤百福賞 大賞 (賞金1000万円)

高柳 広 (タカヤナギ ヒロシ)  60歳東京大学大学院医学系研究科免疫学・教授

受賞テーマ:骨と免疫をつなぐ新領域「骨免疫学」の提唱と健康長寿社会への貢献
受賞内容:骨組織と免疫系が密接に連関することを示し、「骨免疫学」という新たな学問領域を創始した第一人者である。骨吸収に関わる破骨細胞分化因子 (RANKL) をはじめ、骨の細胞と免疫細胞が共有する多様なサイトカインや制御分子を同定・体系化し、骨粗しょう症や関節リウマチ、歯周病などの炎症性骨疾患について、口腔内細菌や免疫細胞の動態と関連づけて発症機序を解明するとともに、新規治療法の開発を牽引してきた。これらの基礎研究は、そしゃくを支える歯の健康、骨代謝と免疫調整に関わる分子に作用する栄養成分や天然由来ペプチドの探索、さらには抗炎症作用や免疫調整機能を有する食品素材の設計に重要な指針を与えるものである。高齢社会における骨粗しょう症や歯周病の軽減、炎症性疾患リスク低減に資する新たな食品開発の科学的基盤を築いたその業績は、極めて高く評価できる。

2.安藤百福賞 優秀賞 (賞金各300万円)

越阪部 奈緒美 (オサカベ ナオミ) 63歳 芝浦工業大学システム理工学部生命科学科・教授

受賞テーマ:感覚栄養学 ~ 食の官能特性と生体機能のクロストーク ~
受賞内容:カカオに豊富に含まれるポリフェノール (PP) の摂取がメタボリックシンドロームリスクの低減に有効であることを世界に先駆けて示した。この成果は、高カカオチョコレートとして実用化され、国内外の市場拡大に寄与するとともに、EUおよび米国食品医薬品局 (FDA) における機能性表示の取得にも結びついている。一方で、PPが極めて吸収性の低い化合物であることを明らかにし、食品成分による生体調節機構が医薬品とは本質的に異なることを見出した。食品の官能特性と機能性の関連性を明らかにする「感覚栄養学」という新たな学問分野を創生させたその業績は、高く評価できる。

松田 幹 (マツダ ツカサ) 70歳 福島大学・理事、食農学類・教授

受賞テーマ:植物性良質タンパク質源としての米および高タンパク質米の利用に関する基盤研究
受賞内容:日本人の主要なタンパク質源である米に着目し、30年以上にわたり米タンパク質の研究を牽引してきた。米の主要タンパク質成分の発現・蓄積制御や食物アレルギー原因タンパク質の同定と低減化、イネゲノム情報に基づく機能評価など、米タンパク質の生産と利用に関する基盤研究を展開した。近年は、在来古代米から高タンパク質品種を復刻栽培し、米麹味噌や濁酒など高タンパク質米加工食品の開発・商品化を地域と連携して推進している。高齢者のタンパク質不足や世界的なタンパク質不足 (プロテインクライシス) に対応しうるその業績は、高く評価できる。

山本 博文 (ヤマモト ヒロフミ) 49歳 徳島文理大学薬学部・教授、生薬研究所・教授

受賞テーマ:藻類成長促進因子を用いた有機あおさ海苔の完全陸上養殖と通年養殖システムの開発
受賞内容:海藻と海洋微生物の共生に着目し、海藻表面のバクテリアが産生する極微量の藻類成長促進因子「サルーシン」を世界で初めて人工合成し、その作用機構を解明した。これを応用し、減少が著しいあおさ海苔について、世界初の完全陸上養殖および高温耐性系統を用いた通年養殖技術を確立した。さらに、有機JAS認証を取得した海藻の栽培に適した液体肥料システムと、環境変動に強い持続可能な海藻生産モデルを構築した。食品企業との産学連携による商品化を通じて、水産資源の保全と食文化維持に貢献するその業績は、高く評価できる。

3.安藤百福賞 発明発見奨励賞 (賞金各200万円)

尾畑 佑樹 (オバタ ユウキ) 39歳 テキサス大学サウスウェスタン医学センター・アシスタントプロフェッサー (研究室主宰者)

受賞テーマ:腸管神経の食分子センサーを標的とした次世代健康戦略の創出
受賞内容:腸には「第二の脳」とも呼ばれる腸管神経系が存在するが、食事がその機能を制御する仕組みは長らく不明であった。本研究では、新規遺伝子発現解析技術により、腸の神経細胞が食事成分を感知する芳香族炭化水素受容体 (AHR) を発現することを発見した。さらに、このAHR活性が腸内細菌によって増強され、腸管運動を促進することを明らかにした。これらの成果は、過敏性腸症候群などの腸の運動異常の改善や、AHRを標的とした機能性食品の開発に向けた新たな道を拓くことが期待される。

高橋 裕 (タカハシ ユウ) 43歳 東京大学大学院農学生命科学研究科・助教

受賞テーマ:臓器モデル培養の技術革新によるヒト栄養素・食素材の吸収・代謝・機能の再現とその利活用
受賞内容:臓器モデルであるヒト小腸・肝臓オルガノイド (臓器の構造と機能を試験管内で再現した立体的な細胞塊) を食品・栄養科学分野に導入し、従来困難であったヒトの栄養素や食素材の吸収・代謝・機能を再現・評価する基盤技術を確立した。培養コストを従来法の約1/100に削減するとともに、高効率な遺伝子導入法も開発することで、糖や脂質の代謝などのヒト生理機能の分子機序解析や、生理活性分子探索への応用を可能にした。これらの新規基盤技術や知見を活用することで、動物実験に依存しない新たな食品・栄養科学を切り拓くことが期待される。